15.馬車

馬車の振動に揺られながら目を閉じる

とたんに私を睡魔が襲う

私は窓に頭を寄せて目を閉じる

 

 

馬車が小さな石を踏むたびに小刻みに揺れる

その度におまえの頭がコツコツと窓を叩く

 

寝ているのか

起きているのか

 

どっちでもいい

 

窓を叩くおまえの頭が気になって仕方ない

 

痛くないのか?

 

おまえの正面に座っていた俺は

おまえを起こさないようにそっと席を移動する

 

おまえの横に座って肩を寄せる

 

おまえは横に座った俺の重みで重心が傾き

少しずつ窓から離れる

 

重みに誘導されたおまえの頭が俺の肩に乗る

 

無防備に眠るおまえを見て思う

 

「最初からこうして寝ればいいのに…」

 

眠りが深くなっていくにつれおまえの組んだ腕の力が抜けていく

俺の膝に落ちた手をそっと握る

 

おまえを起こさないようにそっと指先をなぞる

その指先は明らかに長くか細い女の手だ

 

本来、この指は銃や剣を持つよりも

ヴァイオリンやピアノを奏でるためにあったのに…

しなやかに鍵盤をなぞるおまえの指を思い出す

 

…おまえの人生はある意味不運だ…

 

女として生きていればこんなにも険しい茨の道を歩まずにいたものを

女として生まれてきたばかりにおまえは絶えず努力を続けてきた

 

だが…しかし、おまえが生まれた時から当たり前に女性として育てられていたら

俺は今ここにはいなかっただろう

 

今頃、生まれ育ったあの村で幼馴染と結婚して

子供を育てながら平凡な毎日を送っていただろう

 

こんな叶わない想いに心をいためる事も悩ませることも乱されることもなかっただろう

 

でも、俺は俺の意思で今、ここにいる

 

おまえを知らない人生なんて考えられない

どれだけ苦しくても

どれだけ辛くても

どれだけ悲しくても

そして…この想いが届かなくてもいい

 

俺はこうしておまえの傍にいられるだけで

この世に生まれ出た喜びを感じられる

 

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馬車がまるで軽やかなリズムを奏でているかのように弾む

 

眠りに落ちていたはずの私は

目覚めて朦朧とした意識の中にいた

 

なにか、とても温かくて懐かしい香りがする心地の良いベッド

ベッド?…いや、違う

そして、少しくすぐったくて温かい私の指先をなぞるもの

 

目覚めてしまえばこの安らぎから突き放される気がして

私は眠ったフリをしていた

 

おまえが隣に座って眠る私を支えているのだろう

 

…おまえも疲れているだろうに…

 

すまないと心の中で思いながらもおまえの優しさに甘えている自分がいる

 

もはや、おまえがこうして傍にいない人生など私には考えられない

私の傍にいるおまえの苦悩を知っての上でもおまえを手放す気は更々ない

 

これを愛だというのか…

私にはまだ分からないがそれならそれでも良い…

 

ふいに優しく肩を叩かれる

 

「もうすぐ着くよ」

 

わたしをわたしが元いた場所にそっと戻し

おまえもおまえがいた場所にそっと戻る

 

わたしはたった今目覚めたフリをしておまえを見つめる