16. 昔話~Simon~

僕の記憶にあるのは

花の香りと金の髪

そして、青い瞳

 

1798年、僕は18歳になった

 

小さい頃からの趣味が高じ

今年から天文学者を目指してパリで学んでいる

シャルル・メシエ博士の下で日々勉強中だ

 

天文学に興味を持ったきっかけは僕が子供の頃まで遡る

僕の父はロワール地方の小さな村で小さな宿を営んでいる

 

あれは10年前の11月、僕の誕生日の前

最初は女性なのか男性なのか正直分からなかった

中性的で美しい金の髪を持つ人

 

あなたの青い目に引き込まれるように僕は秘密基地へと誘った

死んでしまったママンの香りがそこにあった

その時、僕はあなたが女性だと確信した

 

そして、あなたはママンのフリをして僕を悲しみの中から救ってくれた

 

「月の横に輝く星」

 

あなたがママンのフリをしてそう教えてくれてから

本当にそこにママンがいると信じていた

どんなに友達に馬鹿にされてもあなたが僕にかけた呪文は解けることはなかった

お蔭で僕は天文学に目覚め、こうして学んでいる

 

僕は今、月の横に輝く星にあなたがいるような気がする

 

あなたがそばにいてくれたら

僕はどんなに心強いだろう

あなたがそばにいてくれたら

僕はどんなにあなたを愛しただろう

 

もう一度会いたいと

そんな想いを抱えながら僕は今日も星を眺める

 

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僕の住むアパートの近くにある安くて美味しい惣菜がたくさん置いてある食堂

そこで出会った常連のおじいさんは

昔話がとても上手でとても優しくてまるで僕の本当のおじいさんみたいな人だ

 

その日、フランス革命が勃発したばかりのころ

バスティーユ牢獄陥落の一端を担った衛兵隊の隊長さんの話を

おじいさんがしてくれたことに始まった

 

話を聞くにつれ何故か僕の心がざわつく

 

美しい青い瞳と金の髪を持った女性であったこと

名門の貴族の出身であったこと

 

おじいさんはその時の隊長さんをまるで今そこで見ているかのように鮮明に語る

 

そうだ…パリで起こった革命の波は僕のいたロワールまでたどり着いて

平民に寝返ったという美しい貴族の将校さんの話で持ちきりだった

貴族にも僕たちの気持ちが分かる人がいたことが僕は嬉しかった

 

暫くしてから国民衛兵隊の分隊長さんがお父さんのところにやってきた

 

僕はまだ幼くて、分隊長さんの言っている意味が良く分からなかったのだけど

その寝返ったという将校さんは革命が始まる前にロワールに来ていたということだった

 

そして、分隊長さんはその人の足取りを辿っていた

 

分隊長さんがその人の足取りを辿っていた理由は分からなかったけれど

大きくて強そうな分隊長さんはその見た目とは裏腹に

まるで突然いなくなってしまった恋人を探しているような

とても悲しくて切なくて、今にも泣き出しそうな雰囲気だった

 

分隊長さんと父との会話は良く覚えていない

ただ、あの日宿に泊まった人は平民の貿易商だったはずだと父が言っていた気がする

 

おじいさんの話している人は僕の知っているあなたなのだろうか…

 

話は進む

 

隊長さんには愛している人がいた

その人はバスティーユ牢獄が陥落する前の戦闘の中、隊長さんを残して逝ってしまった

その夜、愛する人が眠る教会の前には一輪の花を持った市民の列ができていたそうだ

 

市民のために戦い、亡くなってしまった彼や他の隊員のために祈りを捧げげるために

愛する人を亡くし、それでも市民のために寝返って戦う隊長さんへ敬意を表すために

 

祈りを捧げた後、一人ひとりが隊長さんに声をかける

 

「Cher peuple」(愛しい人)

「Ne soyez pas triste」(悲しまないで)

 

その都度、隊長さんはとても悲しい目で微笑んでいた

 

最後におじいさんが祈りを捧げ、持っていた白いバラを隊長さんに手渡す

 

「Merci」

…そう言って受けとったバラを見つめて呟いた

「おまえの好きな白いバラ…」

その美しい青い瞳からとめどなく溢れる涙を拭うこともなく泣いていた

 

「あの方の戦いっぷりはそれはそれは見事なものだったよ」

「訓練された隊員はもとより、ど素人の市民にまで的確に指揮命令を下して」

「躊躇なく牢獄に砲弾を撃ち込んでいくんだからなぁ」

「私も長いこと生きてきていろんな将校さんを見てきたが、本当に立派な人だったよ」

 

そして、隊長さんは信念を貫いたまま戦い、彼の後を追うように逝ってしまった

おじいさんの知り合いが、愛し合う二人が一緒に眠れるように葬儀をし、弔ったそうだ

 

「二人が眠る場所?」

「はて…どこだったかなぁ…アラスって言ってたような気もするがな…」

 

おじいさんの話を聞いて、僕はやっぱりあなただと確信していた

だって、そんな美しくて勇敢な女性はあなた以外に考えられないもの

 

あの日、お別れのとき僕は言った

「僕、大きくなったら立派な男になってお姉ちゃんに会いに行くよ」

 

あなたとの約束を守るよ

僕はここでの勉強を終えたら必ずアラスに行く

 

あなたに会いに…

 

ちなみに、おじいさんは若い頃

パレロワイヤルという貴族の館で執事をしていたんだって

やっぱり、執事っていろんなこと知ってるんだね