14. 野営

徐々に闇が訪れる

俺たちは暗闇の中に潜みながら僅かな明かりだけで徐々に目を慣らす

 

今日は野営訓練2日目

夜明けと共に訓練は終了する

 

僅かな食料と水、毛布を持つだけで

必要なものは全て現地調達

極めて実戦に近い訓練だ

 

本来であれば1週間ほど行う予定だったこの訓練が

予算が足りないやら他部隊の隊長から日程を短くして欲しいとの要望があったりで

結局3日間の短い訓練になってしまった

 

訓練初日は天気が悪く、夕方からは雷と大雨で

隊の中でも体力自慢な隊員が音を上げるほどだった

 

そんな中でもおまえはじっと耐える

 

「こんな天気では余計に動かなくても済むな」

「…止まない雨も、明けない夜もないだろう」

 

「ははは、そりぁそうだ」

隣で聞いていたアランが笑う

おまえも少しだけ笑う

 

そしてまた…暫くの静寂が訪れる

 

翌朝、雨で足場の悪いところに仕掛けてあった罠に

上手い具合に雄の大きないのししが掛かっていた

 

「今日の食料は調達できたようだな」

 

おまえはそう言ってそこを離れる

 

アランと目が合う

隊長に付いて行けと言うように顎をクッと上げる

 

少し後ろを歩く俺に

付いてきている事を知っているかのようにおまえが言う

 

「この先にあるローリエの葉と、そこに自生しているローズマリーが臭みを消すのに最適だ」

「あとはじっくり煮込めるように枯れ木をたくさん拾って乾かさねば」

「夜食に間に合わないぞ」

 

「あぁ、アランに伝えよう」

 

「…頼んだ」

「実戦訓練の準備が整うまで私は少しだけ休ませてもらう」

 

そう言っておまえは

鼻歌を歌いながらいのししを屠る隊員たちを横目に

テントの中に入っていった

 

夕方、出来上がったスープは臭みがなくとても美味かった

おまえもみんなと同じように口にする

 

「…やはり、実戦ではもう少し塩や調味料を持つべきだな」

「毎日こんなに淡白な味ばかりでは士気があがらない」

 

「…そうか?」

「俺はこういう状況下で食べるものの割には美味いと思うけど」

 

「戦うためには生きる意欲そのものが必要だ」

「その為に食事はとても重要なポジションにある」

「戦いながら次の食事を考えることも十分なモチベーションだと思うが?」

 

「うん、なるほど…」

「それなら、今日使ったローリエやローズマリーを乾燥させて持ち歩くのはどうだろう?」

「乾燥していれば腐らないし」

 

「あぁ、なるほどそうか、そうだな」

「炊事班に提案してみよう」

 

正直、食事が士気に左右するなんておまえが言うまで俺は気付かなかった

実戦では出されたもの、そこにあるものを食べる他ないから

美味しく食べるということに無頓着だったけれど

確かに、おまえに言われてみれば辛い戦いを強いられていればこそ

美味しいものを食べる必要があるのだ

 

「どうだろう?手に入るだけのハーブや香辛料を乾燥させて持ち歩くのだ」

「時には腹痛や頭痛の薬にもなるだろう」

 

「隊長、そのご意見いただきます」

食欲旺盛な若い隊員たちの頬が昂揚する

 

俺はそんなみんなの顔を見て本当におまえを誇らしく思った

今回の訓練は実戦で先導をきるアラン達からしてみたら

訓練したと言えるような訓練は何もできなかった

でも、そうじゃないんだよな

 

こうして裏で一生懸命働いている隊員もいる

炊事班、衛生班、連絡班…

彼らも一緒に戦う仲間だということをおまえは態度で示す

 

「すげーな」

「肉料理にはローズ…マリアンヌ?」

 

「アラン、それを言うならマリーだよ」

「マリアンヌってどこの女だよ」

 

笑い声が響く

おまえは少し離れた場所から満足そうにその様子を見ながら俺に言う

 

「こういう短い訓練も悪くないな」

 

…そしてまた闇が訪れる

 

夕食に、いのししをたらふく食べた隊員たちは

明朝の解散を夢に見ながら眠りについている

 

おまえとアランと俺は

明るく灯る焚き火をただ見つめていた

 

「長いようで短い3日間だったな」

 

「あぁ、俺も腹が満たされたからそう思うぜ」

「前の隊長の時は3日間、まずいパンだけ食わされて発狂寸前だったんだぜ」

「しかもあのやろう、夜はテントで宴会してやがって…」

 

「俺も食べることの大切さが分かったよ」

「ここまでモチベーションに関係するとは…」

 

俺とアランの会話を聞いておまえが口を開く

「聖書にもある…戦わせるために神は人間に家畜を与えられたのだ」

 

…ガサッ…

 

茂みから僅かな物音がする

 

腹も満たされ、疲れきって寝ていたはずの

隊員が一斉に銃を手に取る

 

「しっ」

 

おまえが手で待ての合図をする

 

「…獣だ」

 

おまえはそう呟いて銃口を茂みに向け静かに撃鉄を起こす

 

…静寂が訪れる

 

茂みの中から美しい目をした若い雌鹿が顔を出す

 

「食料だ」

後ろから誰かの声がする

 

完全に射程距離に入っている鹿をおまえは撃たない

 

銃口を降ろす

 

「隊長!どうして撃たないんですか」

 

「…私はできるだけ若い鹿は撃たないことにしている」

「撃つのは老いた鹿だけだ」

 

「何も考えずに若い雌鹿や牡鹿を殺してしまえば」

「子は育たず、いずれ鹿の数が減る」

 

「我々人間が鹿を食料として殺すのであれば」

「数を統制して生かしておくこともまた我々人間が行うべきことだ」

 

雌鹿が潤んだ瞳でおまえを見つめる

 

「…これは鹿に限った話ではない」

 

「木に実る果実も、人間が全て採ってしまっては鳥や小動物の糧がなくなってしまう」

「自然界で糧を得られないものには死が待っている」

 

「食物連鎖の崩壊はいずれ人間の世界の崩壊を招く」

「大げさだろうと笑いたい奴は笑えばよい」

「そんな未来の話をしてどうすると言いたい奴は言えばよい」

 

「だが、人間もこの食物連鎖の一部であるということを君たちには忘れずにいて欲しい」

 

静かに雌鹿が踵を返す

そこから可愛い子鹿が顔を出した

 

おまえは子鹿をみつめながら言う

「私たちを生かすために殺めた命を大切に頂いて欲しいと私は思う」

 

みんなが頷く

アランも、俺も…

 

そして夜が明ける