11. 嫉妬

…何だか最近のおまえのそのシャツ…

ちょっとセクシュアル過ぎないか?

 

程よく引き締まった胸元が覗く

 

外で見る衛兵隊の制服姿のおまえと

屋敷の中でのおまえのその服装のギャップに

正直、私の理性がついていけない

 

私がおまえの胸に弱いことを知っているのか…

 

そんな恥ずかしいことを

とてもじゃないが

直接おまえに聞くことはできない

 

執務室で着替えていたおまえを見たときから

それが目に焼きついて離れないのだ

 

「へっ?このシャツ?」

「あぁ、もう何年か前から夏用で着てるけど…」

「なんでまた?」

 

「いや、特に深い意味はない」

 

つい気になって

遠回しにそのシャツはいつから着ているのかと聞いてみる

 

何年か前から…そうだったか?

 

…記憶にない…

 

おまえは不思議そうな顔をしてワインを注ぐ

 

「ほら」

 

おまえの胸元を見ていたことを気付かれたような気がして

私は慌てて目線をはずし差し出されたグラスを受け取る

 

「あっ」

 

慌てた私の手がワイングラスを受け損ね

グラスが床に落ち弾ける

 

「動くな」

「今片付けるから」

 

床に落ちたワインの滴が

おまえの白いシャツに跳ね返って模様を作っていた

 

「…シャツが」

思わず口にする

 

「シャツ?」

「あぁ、こんなのは洗えば落ちる」

「代わりのグラスを持ってくるよ」

 

おまえは手早くバラバラになったグラスを集め絨毯のシミをふき取ると

割れたワイングラスを持って部屋を出る

 

それを見つめている私の心臓がおかしな位音を立てている

 

…何なんだ一体…これは…

 

とりあえず落ち着かねば…

 

できるだけおまえの胸のことは考えないようにしながら

心臓に手を当て深呼吸する

 

なんとか平常心を取り戻した私はおまえを待つ

 

 

なかなか戻ってこない…

グラスを取りに行っただけなのに一体何をしているのだ

 

着替えるために自分の部屋に行っているのかもしれない…

とりとめのない妄想が頭の中を支配する

 

しばらく経っても戻ってこないおまえの様子を伺うために

私は部屋を出る

 

エントランスの階段を上ってくるおまえと女官の会話が聞こえた

私は慌てて柱の影に隠れる

 

「これ、乾いているものだから着替えてちょうだい」

 

「いいよ、これくらいのシミなら気にならないよ」

「それよりも早く戻らないと」

 

「何言ってるの」

「洗濯するこっちの身にもなってちょうだい」

「ワインのシミは時間が経てば経つほど落ちないのよ」

 

「…わかったよ」

 

そういっておまえは女官とともに使われていない客間へと入っていく

 

私はその少しだけ開いている扉の隙間から中を覗き込む

 

薄暗い部屋におまえと女官がいる

 

その女官の目の前で躊躇なくおまえは着ていたシャツを脱ぐ

 

「悪いな…頼むよ」

 

女官はおまえが今まで着ていたシャツを手にすると

それまで手に持っていたシャツをおまえに渡す

 

おまえは目の前に女官がいるのに

平然と裸になり着替えをする

 

…なんだ…この身体の奥底から沸いてくるやり場のない怒りのような感情は…

 

着替えたおまえと女官が部屋から出てくる

私はまた柱の影に身を潜める

 

何も悪いことをしているわけでもないのに…

なぜに私は隠れるのだ…くそっ…

 

「早く戻りなさいよ」

 

意味深に微笑む女官の言葉に複雑な表情を浮かべるおまえは

柱の影に潜む私に気付きそれはそれは驚いた表情で私を見つめる

 

そのおまえの驚いた表情を見て

またしても不思議な怒りがわいてくる

眉間に力が入っているのが自分でも分かるほどに…

 

「なぜそんなに驚くのだ…見られてはいけないことでもしていたのか」

 

自分が発した一言で引っ込みがつかなくなる

 

なんだ…この次から次へと沸いてくる怒りは…

 

おまえはただ着替えていただけだというのに…

べつにやましい事などなにもしていないのはこの目で見て分かっているのに

 

なんかムカつく

 

私は自分でも笑えるくらい大股で歩き部屋に戻る

客間にワイングラスを忘れて取りに行ったおまえは少し遅れて部屋に戻る

 

「…びっくりしたよ」

「あんなところにいるなんて」

「何してたんだ…一体…」

 

おまえの着替えの一部始終を覗き見していたなんて口が裂けても言えない

 

ムスッとしてソファに腰掛ける私におまえは新しいグラスを渡す

今度は私がちゃんとグラスを受け取ったことを確認して

それにワインを注ぐ

 

「これをこぼされたら着替えがなくなるからな」

 

おまえは冗談のつもりで言ったのかも知れないが

地雷を踏んでしまったようだ

 

「ふん、そのまま裸でいればいい」

「また女官が喜んで着替えを持ってきてくれるだろう」

 

怒りに任せて心にもない言葉を発する

 

私のその言葉を聞いておまえは少し驚いた顔をした

そして、すぐ私の心を理解したように微笑む

 

「…おまえ…何に焼きもちをやいているんだ?」

「俺か?女官か?それともこのシャツか?」

 

おまえは私をからかうように

その一言を発するたびに一歩ずつ私に近づく

 

「う…うるさい!」

「おまえがそんなシャツを着ているから!」

「第一、焼きもちなんて焼くかっ!」

 

あぁ、もはや言い訳にしか聞こえない

 

おまえは支離滅裂で引っ込みのつかなくなった私の横に座り左腕を背中に回す

右手で私の持つワイングラスを静かに奪いテーブルに置くと

私の顔を覗き込み言う

 

「このシャツに問題が?」

 

…私は知っているのだ

おまえのその柔らかい物腰や雰囲気に屋敷中の女官たちがざわついている事も

いろんな男たちを見ているベルサイユの貴婦人でさえもおまえを見て息を呑む事も

巡回しているパリのご婦人たちがおまえが来ることを心待ちにしている事も

 

おまえは…そんなことも知らずに女官の前で平然と裸になって着替えをする

 

くそっ

もう、頭の中が大混乱だ

 

おまえは私を見つめながら何の言葉も出ない私の手を掴む

そして掴んだその手をおまえのシャツの中に忍び込ませる

 

おまえの肌に触れる指先が敏感に反応する

 

「子供の頃からこうして触りたいときに触ってただろ?」

 

「…っ」

それは人肌が恋しかった子供の頃の話だ…

顔が熱くなる

 

「触りたいときにこうして触ればいい」

「俺は今も昔もおまえだけのものだから」

 

そう言っておまえは子供の頃のように微笑む

 

「私だけのもの…」

 

「そうだよ」

「おまえだけのものだ」

 

そう言われてあれほどまでに嫉妬に燃え狂っていた私の心が

静まっていくのを感じる

 

私はおまえの胸に顔を埋める

温かく深く私を包み込むこの胸

 

もう、何に嫉妬していたのかそんなことはどうでもよくなってしまった

やっぱり私はおまえのこの胸が大好きなのだ

 

「私だけのものだ」

 

顔を上げて言う私におまえは唇を寄せる

熱い吐息とともにおまえが言う

 

「俺は、俺に触れるおまえの手が好きだ」

 

「ふふふ…手が…か?」

そういってまた私はおまえの胸に埋もれる

 

「…手も…だよ」

 

おまえに重なる私の耳に今年初めて聞く鈴虫の音が響く…