10. 小鳥

馬車の到着を知らせにおまえの部屋に向かう

 

おまえは昨日の夜、温かいワインを用意してくださった奥様へ

バラを持って行くように女官に伝えていた

 

「8本、ピンクのバラを母上の部屋に持っていって欲しい」

「ピンク色には<感謝>を」

「8本には<おもいやりや励ましに感謝しています>という意味があることを伝えてくれるか」

 

「かしこまりました」

そういって女官は部屋から出て行く

 

「おまえ、意外と博識だな」

 

「ふふふ、そう思うか?」

「昔、花言葉を知りたくて書庫にあった本を読んだことがあったのだ」

「そこに書いてあったことをふと思い出したのでそれを伝えただけだ」

 

「ちなみに、12本のバラには<付き合ってください>」

40本のバラには<真実の愛を誓う>」

999本のバラには<何度生まれ変わってもあなたを愛する>という意味があるのだぞ」

 

「へぇ、良く覚えてるな」

 

「…昔の話だ…」

 

昔のことを思い出すおまえの顔

俺の心の隅がチクリと痛む

 

「…さあ、そろそろ行こう」

 

おまえは開けられた窓を閉めようと手をかける

 

…チュン…

 

頭と羽が少しだけオレンジ色の

小さな白い鳥が部屋に入ってくる

 

「…また来たのか」

 

「あぁ、また来てくれたようだ」

おまえはその小さな小鳥を見て嬉しそうに微笑む

 

その子はまるで挨拶をしているみたいにおまえのそばに寄る

おまえはショコラに添えられていた菓子をそっと小鳥に差し出す

 

小鳥が菓子をついばむ

 

「あの子ではないけれど…」

「きっと繋がっているのだな、この子は…」

 

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まだ、俺たちが士官学校へ入学する前の話

 

生まれたての雛を拾ってきたのは将軍だった

 

国王陛下との狩りの帰り道

巣から落ちた雛を見つけて拾ってきたのだ

 

おまえの部屋にやってきた将軍が言う

「人間に育てられては元の世界には戻れないかもしれないが…」

「育ててみるか?」

 

その日から、その雛がおまえの全てになった

 

まだ夜も明けない薄暗い時間に起きては

前の日、砂糖水を塗っておいた木に餌を求めて張り付く虫を採りに行く

 

もちろん、俺も無理やり起こされて…

 

そんなおまえの気持ちを知ってか

与えた餌が良かったのか

それは今でも分からないけれど

 

最初、おまえのところにきた弱々しい雛は

みるみる成長し

気がつけば頭と羽が少しだけオレンジ色の

美しく小さな白い鳥になっていた

 

羽を切らなければ飛んで行ってしまうとみんなに言われても

おまえは羽を切らせることはなかった

 

小さな鳥かごの中で過ごす毎日を

おまえがどんな思いで見ていたのかは分からないけれど

士官学校へ行くことが決まったある日

おまえは小鳥を部屋の中に放した

 

「まずは、飛ぶことを覚えなくてはな」

小鳥は嬉しそうにおまえの部屋を飛び回る

 

飛び回って疲れた小鳥が俺の頭の上にとまる

「ははは、おまえの頭が気に入ったようだ」

「これだけ飛べれば心配もないな」

 

おまえは嬉しそうに笑った

 

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士官学校入学の朝

 

おまえは鳥かごをベランダに出す

 

「かごの中の自分とは今日でお別れだ」

「元気で生きていくんだぞ」

 

鳥かごの扉を開ける

 

扉に足をかけ

小鳥は旅立つ前におまえを見つめる

 

…チュン…

 

ありがとうと言っているように…

そして、小鳥は飛び立っていった

 

それから、毎年この時期になると

同じ色をした小鳥が挨拶をしにやってくる

 

あの時、おまえが放した小鳥ではないだろうけれど

あの小鳥と全く同じ姿かたちをしているこの小鳥を見る限り

おまえの言うとおりあの小鳥とは何かで繋がっているのだろう

 

そして今、俺はあの時おまえが口にした言葉を思い出す

 

「かごの中の自分とは今日でお別れだ」

 

それはおまえ自身に言っているかのような言葉だった

 

今、おまえもこの小鳥も

自分の信念の赴くままに

自由に飛び立って羽ばたいていく

 

誰にも邪魔されることなく

誰にも阻まれることなく生きていく

 

そして、今年も同じように飛び立っていった小鳥を

俺たちはいつまでも見つめていた