7. 武器庫~Lasalle~

執務室のドアをノックする

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

ショコラの香りとともに入ってきたのは

昨日、アベイ牢獄から釈放されたばかりのラサール

 

「あぁ、ラサール、ありがとう」

「そこに置いておいてくれ」

 

「はい」

 

「昨日は良く眠れたか?」

 

「いえ、あ、はい」

 

「ははは、正直にいってくれて大丈夫だ」

「大方の予想はついている」

「どうせla teteで飲んでいたのだろう?」

「あ、本当の名前はClair de luneだったな」

 

「…隊長…なんでその名前を」

 

「ん?あぁ、ジャンに教えてもらったのだ」

 

「ジャン?あぁ…そうでしたか」

「夕べはみんな無礼講で飲めや歌えやの大騒ぎで…」

「自分はそんなに飲めるほうじゃないんで…介抱するのが大変でした」

 

「ははは、そうだったのか」

「それは苦労をかけたな」

 

「で、今日は遅刻したものはいたか?」

 

「いえ、そこは班長が厳しくて」

「ものすごい凄みを効かせて…遅刻しやがったら俺がぶっ殺すとか言ったんで」

「みんないつもよりだいぶ早起きで…」

 

俺がぶっ殺す…

 

私は口にしようとしたカップを慌ててソーサーに戻す

危ない…ショコラを噴き出すところだった

 

「アランが?」

 

「…はい…」

 

「そうか、アランが」

「そうか…」

 

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アランの話をした後の隊長はとても穏やかな笑みを浮かべていた

 

今までの微笑みは氷の微笑というか…

その美しさゆえ、時々脅威さえ感じるときもあった

でも…ここ最近、そういう笑みは見なくなった気がする

 

代わりに…穏やかで、温かくて、広くて、深くて…

何でも受け止めてくれそうな微笑み

 

「…隊長…何か良い事でもあったのかな…」

ボケッとそんなことを考えながら歩いていた

 

「ラサール!」

遠くからジャンが駆け寄ってくる

「班長が呼んでるよ!」

 

「ああ、分かった!」

 

班長と一緒に武器庫に向かう

「銃弾の数が記帳されてるものと合わないらしくてよ」

「誰も昨日の今日で細かい作業ができねぇんだ」

 

そうだよね、まだみんな目が回ってる

…っていうか…まだ酔っ払ってるよね

 

「今日中に終わりそうもなければ」

「もう一人、酔っ払ってない奴を隊長から借りてくるからよ」

 

隊長から借りてくる…

 

寡黙で、優しくて、品がよくて

相手が誰であっても対等に接し、嫌味のない大人の男

自分にはないものを持った年上の同僚

 

「ラサール」

 

数え始めて数時間…

その種類と量に圧倒され、どこからどうやって数えたらいいのか分からない銃弾の棚を見て

途方にくれていたそのとき彼が来てくれた

 

「大丈夫か?どこまで数えた?」

 

「…まだ…全然進んでないよ」

「みてよ、この量」

「こんなの今日一日じゃ終わらないよ」

 

「ラサール、情けない声を出すな」

「大丈夫だ、全部一から数えなくてもいいんだよ」

 

「いいか、訓練日誌を持ってきたから」

「前回数えたときから昨日までの間で使用した銃弾から数えよう」

「あと、これ」

 

格子状の木枠を手渡される

 

「これに銃弾を敷き詰めればちょうど100弾」

「小さい弾は2個ずつ入るから200弾」

 

「すごい!これ、作ったの?」

 

「そうだよ、意外と器用なんだよ、俺」

 

そうして二人で黙々と作業をし続けることまた数時間

 

武器庫の扉が開く

 

「隊長?」

逆光でよく見えないけれど

長い髪、すらりとしたその姿はまぎれもなく隊長だ

 

「大丈夫か?」

「私も手伝おう」

 

「あと、昼食を持ってきたぞ」

 

「お、ありがたい」

 

「おまえたちは食べることも忘れて数えていたのか」

「全く、職務に忠実で感心する」

 

「お蔭で午前中、私は書類に埋もれて気が狂いそうだった」

 

「ははは、悪かったな」

「おまえのは今日屋敷に戻ってから手伝ってやる」

 

「いや、私は大丈夫だ」

「ブイエ将軍に手伝ってもらったお蔭でキレイさっぱり片付いたからな」

 

「ブイエ将軍にあの書類を書かせたのか…さぞかし苦労してただろう?」

 

「いや、なかなか楽しそうに手伝ってくれたぞ」

「隊長、何だか人助けをしている気分です!とか何とか言いながらな」

 

「ははは、人助けねぇ」

「心底、人が良いんだな…」

 

隊長が持ってきてくれたパンに肉をはさんでほほお張りながら

二人の会話を眺めていた

 

阿吽の呼吸で進む会話

 

ここが武器庫じゃなきゃ

まるで高級カフェのテラスで会話をしているような二人

 

「で、どれくらい進んだのだ?」

 

「半分くらいだな」

「大丈夫、今日中には終わるよ」

 

「そうか」

「明日からまた三部会の警備が始まる」

「早く終わらせよう」

 

そう言って立ち上がる隊長の長い足がそこにあったはしごの足を蹴飛ばす

 

「危ない!」

隊長の方に倒れてくるはしご

彼は隊長を庇いながら寸でのところで両手ではしごを押さえる

その胸の中で小さくなる隊長

 

自分は…その光景をスローモーションで見ていた

 

彼が隊長の髪にそっと唇を寄せる

「大丈夫か?」

 

隊長はゆっくりと顔を上げる

唇が触れそうな距離で見つめあう二人

 

自分は…動けない

 

いや…動いちゃいけない…

というか…邪魔しちゃいけない…

 

右手には残り一口のパンを持って

左手にコーヒーカップを持って

美しい二人を呆然と突っ立って見つめる自分

 

「おっほん!」

 

その咳払いで我に返る

 

振り返ると、見回りから戻ってきた班長とみんながいた

どこから見てたのか…みんな何だか嬉しそうに笑っている

 

「手伝いにきてやったぜ」

 

隊長を見る

 

隊長は本当に幸せそうな微笑を浮かべていた