6. 月光~Alain~

いきなり非番になった

最近彼女ができてどうしても休みたいっていう奴に
休みを譲ってやったのが隊長にバレて
強制的に非番になった

お前は本当に面倒見が良いのだな

だが、休みは休みだ

明日は強制的に休ませるからそのつもりで

隊長にそう言われたときは不思議にも思わなかったが…

なんで俺が休みを譲ったことを知ってるんだ?

 

…まあ、そんなことはどうでもいい…

 

俺は、非番と言っても特にやることもなく
いつも通りに起きて
午前中は兵舎の中庭で久しぶりに本を読み漁った


午後はおまえをからかってやろうと思って
兵舎中探したが見当たらなかった

隊長の結婚話が出た頃から
おまえは将軍家に帰らずに兵舎に寝泊りすることもあったし

そもそも隊長と行動を共にすることが少なくなった

‥まあ、おまえの気持ちも分からないわけじゃなかったけど

あんまり思い悩んでる風だったから
ちょっとからかいついでに慰めてやろうと思っただけなのに


おまえは心底本気で悩んでたんだな
あの時は正直、撃たれなくて良かったよ

仕方がない、ちょっと時間は早いが
家に行ってディアンヌの顔を見てから
いつもの酒場にでもいくとするか

ではディアンヌとおふくろが
結婚式の準備で忙しくしていた

、お兄さん!」
今日は非番だったの?
洗濯物、持ってきてくれた?

あぁ、持ってきたよ
忙しいのに悪いな

何言ってるのよ、いまさら
私ができることはこれくらいしかないから
「何だか最近、忙しいみたいね
隊長さん、お元気?
お会いするたび痩せていく気がするのだけれど…」
お兄さん達、ムチャして隊長さんに迷惑かけたり無理させてないでしょうね

おいおい、俺たちのせいか?
ディアンヌ、おまえ…何だかおふくろみたいな口調になってきたな

結婚式までもうすぐ
俺は嬉しいやら哀しいやら
複雑な気分で2人の様子を見つめていた

15時の鐘が教会から聞こえる

そろそろ行くよ
いつもの酒場で一杯飲んでから宿舎に帰るよ

 

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Clair de lune」(クレール・ド・リュンヌ)

 

「月光」という名の

名前だけこじゃれた酒場のドアを開ける

 

俺が冗談でツルッパゲのマスターの頭が「Clair de lune」だと言ってから

衛兵隊の仲間内でのこの店の名前は「la tete」(ラテートウ)

つまり…「頭」という名前の店になった

 

行きつけの店の名前が上司にばれないのは実に都合が良い

何しろ緊急事態が起きても呼び出されることがないからな

 

カウンターのいつもの俺の席

の横に座っている身体はデカイのに背中が寂しそうな男

 

昼間、散々探したのに

こんなところにいやがったのか

俺は思いっきりそいつの背中を叩く


おい!冴えねぇ生りしやがって
呑んでる酒に失礼だろ

おまえは呑み込もうとしていたその酒を
吹き出しそうになりながら
俺の顔を見て微笑む

今日、非番だったんだって?
ココに来ると思って待ってたんだ

「お?そうなのか?
俺も昼間おまえをからかってやろうと思って探してたんだよ

おやじにいつもの酒を頼む

おい、俺が非番だっていつ知ったんだ?

おまえは手元のグラスを見つめ微笑みながらいう

「俺たちが文字の書けない若い隊員のために
休暇届けや細かい書類の代筆していることを知ってるか?


おまえの非番の日に代わりに休んだ奴がいたことなんてすぐに分かるんだぞ

それは知らなかった‥


アラン、はここ何ヶ月かで代筆のパイオニアになったよ
今なら首飾りでも髪飾りで何でも盗めそうだよ

正直、俺はおまえのギャグがリアルずぎて笑えない

「はん、仕事を増やして悪かったな
奴らにはちゃんと自分のことは自分でやれって言っておくよ

「…いや、あいつがやりたがるんだよ
若い隊員を煩わしいことから少しでも開放してやりたいと思っているんだろうな


おまえはそう言うと
俺の顔を見て続ける

「あいつは何にもできないお嬢様に見えるかも知れないけれど
士官学校に通ったおかげで身の回りのこと一通り自分でできるんだ

馬の世話もするし剣も銃も自分で磨くしむさ苦しくてキツイ野営もできる


自分で仕留めた鹿やウサギも自分で捌いて調理もする
さすがに、いつも屋敷で食べてるような料理は作れないけどな

必要があればなんだってできるんだよ

 

「…意外だろ?

へえ、士官学校行ってたのか
伯爵家のご令嬢が行くようなところじゃないけどな

「第一、士官学校なんて行かなくても年相応になればそれなりの役職がもらえるだろうに」

「そうだな、士官学校へ行ったのは将軍たっての要望さ
何れ自分の部下になるものがどのように教育を受け、どのように生活しているのか
ちゃんと自分の目で見て来いってね

「へぇ…意外と厳しい親父だな…」

「でも、あの性格じゃ相当もめただろう?

あぁ、最初はな
おまえ達みたいに女だ女だってからかわれてしょっちゅうケンカしてたよ
「まぁ、自分と同じか少し大きいくらいの奴はみんな秒殺されてたけど

も銃も扱いに関しては小さい頃から将軍に教育を受けてたから
あいつより強くて上手い奴はいなかった

最後はあいつが右を向けばみんなが右を向いてたよ」

あはは今の俺たちみてぇじゃねぇか
俺はついそう言ってハッとする

おまえは満足そうに笑
俺も、そう思う

ちくしょう…俺はまんまとおまえの罠に引っかかっちまった
バツが悪くなった俺は残りの酒を飲み干して席を立つ

あぁ、そうだ
おまえ、今日はどこに行ってたんだ?

俺?将軍のところに近況報告に行ってきたんだよ
こっちじゃ近衛の時みたいに何かあってもすぐって訳にはいかないからな
それに、ブイエ将軍の目もあるから将軍も来づらいんだよ

 

「へぇ、鬼将軍でも今更娘の事が心配ってことか」
「そのこと、隊長さんは知ってるのか?

‥多分、ね
将軍の呼び出しだから大方の予想はしてるんじゃないか?

ふぅん
で、夜は隊長さんのお相手しなくて良いのかよ?

「…おまえ、根掘り葉掘り色々聞くねぇ…」
「…ひょっとして俺のことが好きなのか?

ばか!んなわけあるか!

あはは、冗談だよ」

今夜は婚約者様とお夕食会をするってんでお暇がでたのさ

そういうおまえの表情が極端に暗くなる

「…おまえもいろいろ大変だな
おまえに感化されないうちに俺は帰るよ

そう言っておまえの肩を叩いた

俺は店の扉に手を添える
わずかに開いた扉の向こう金色の髪が覗く

思わず俺は自分で開けた扉を

何も見ていないし、何もなかったかのようにそっと閉める

 

悪いな、隊長…

条件反射だ…別に悪気があってのことじゃない…

 

…一呼吸置く…

 

俺は現実を全て飲み込んでまた静かに扉を開ける

少しだけ目の座った隊長
あぁ、やっぱり…マジか
理由は分からないが、相当機嫌が悪そうだ

俺は振り返ってあいつをみる

あいつは


あいつは右手にグラスを持ったまま
アホみたいに口を開けて
こっちをみてた

ジャンに聞いたらここに居るというから…」
あいつには聞こえないくらいの小さな声で隊長が呟く

 

ジャンのやろう…

店の名前をバラしやがったな…


「…迎えに来たのだ

おまえには聞こえないはずのその小さな一言を隊長が呟いた瞬間に

飛び上がるかのように席を立つ

…(でこんなところに?)」
どう…(やってここまで来たんだ?)」
…(食会は?)」

 

おまえは隊長に駆け寄りながら言葉にならない言葉を発する


隊長はおまえの質問に何も答えず

踵を返しここまで乗ってきた馬車に向かって歩き出す

 

馬車に乗り込むと腕を組み、完全防備の状態でおまえを待つ

 

俺はこの二人の関係が面白くてたまらない

 

勘定を済ませて慌てて馬車に乗り込むおまえを見ながら

 

俺は、おまえたちが

とんでもなく美しい恐妻と

そんな恐妻しか目に入らない幸せな夫に見えた

 

おい、道は険しいだろうけど…実は意外とイイ線いってるんじゃないか?

まあ、せいぜい頑張れよ

 

俺は土煙を上げて走り去る馬車を見送る

 

…さて、俺も帰るとするか

明日は夜勤だこんちくしょー(笑)