5. 希望~Sarah&Alain~<R-18>

夏の風が吹く

 

小高い丘の上に

二つ並んだ十字架

目の前にはどこまでも続く青い海

 

私は海から届く潮の香りを感じながら空を仰ぐ

そして…息を深く吐きながら溢れそうな涙を堪える

 

何度目かの深呼吸の後、私は心を決めて瞼を開く

最初に目に入ったのはまだ添えられたばかりの

イエロードット色のバラの花束

 

「…あなたを忘れない…」

 

私は花言葉を呟きながら頷く

 

この地の当主になるはずだった彼女は

古くからここに住む人たちや

彼女の生まれ育ったお屋敷に使えていた人たちから

とても愛されていたことがわかる

 

それは…十字架のまわりに

たくさんの花束から落ちたであろう種から芽吹いた

色とりどりの花が咲いていたから

 

春、夏、秋とこの下に眠る二人を

楽しませているかのように

 

私は周りを見渡す

 

私をここに呼んだ人まだ来る気配ないことを確認する

 

私は鞄からワインを取り出し

二つの十字架の間に添える

そして、バイオリンを手に取る

 

二人の為に…

 

あんなにも愛し合っていたのに

神に祝福されずに逝ってしまった二人の為に

 

Laudate Dominum 

 

二人に贈った歌を弾き終える

もう二度と会えない二人を想う…また涙が滲む

 

ふと、足元に背後に忍び寄る人影を見る

 

私はためらわずに振り返る

その顔は逆光に遮られ見えない

 

大きな男

黒い髪、よく日に焼けた浅黒い肌

 

もう二度と逢えない彼が重なる

 

「…おまえは…誰だ?」

男が言う

「なぜその曲を…?」

 

「あなたも誰よ?」

咄嗟に出た売り言葉に買い言葉

 

互いに見つめ合う

 

「見たことのない顔だな」

「どっちの知り合いだ?」

 

「…どっちもよ」

「あなたは?」

 

「どっちもだ…」

 

ぎこちない妙な空気が流れる

 

「なぜそのをここで弾く」

 

「…私が贈ったの…ここに眠る人に」

 

「…どっちにだ…」

 

妙なことにこだわるのね

 

「…彼女によ」

 

私は答える

 

男はなぜかホッとした様子で私から視線をそらし

胸のポケットからボトルを取り出すと

その中身を並んだ十字架に無造作に振りまく

 

「よう、おめぇらの好きなブランデーを持ってきてやったぜ」

 

そう言って目を閉じた

 

男の長い祈りを見つめる

 

どんな関係なのかしら…

二人の知り合いにしてはちょっと物騒な感じの人だけど…

 

私の視線に気付いた男は

面倒くさそうに少しずつ自分のことを話し始める

 

名前がアランだということ

 

彼女とは衛兵隊で主従関係であったこと

彼とは同僚だったこと

 

そして、私が贈った歌を

彼が亡くなる前に口ずさんだこと

 

「…彼が?」

 

「あぁ、撃たれて隊長に抱えられて退避してるときにな」

「そのまますぐに逝っちまいやがったがな」

 

「撃たれて…」

 

あぁ…でも彼女はちゃんと彼に贈ったのね

私が贈った二人のための歌…二人だけの歌…

 

幸せだった?

あれほど長い間、彼女を想っていた彼を想う

 

彼女しか知らない私からの贈り物を

彼が歌ったということは

お互いの気持ちが通いあった証

 

とても幸せな時間を過ごしたのね…とても短かったけれど…

 

私は自然と涙が溢れ

 

もう堪えきれない

 

両手で顔を覆う

嬉しくて…哀しくて…涙がとめどなく溢れ

 

自分の涙で溺れてしまいそうだった

 

「アラン、私は今、神に代わって永遠に二人を祝福したい…」

 

号泣する私の背中を

アランは優しく叩く

 

「あぁ、俺も一緒に祝福してやる

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

遠くからの音が聞こえる

 

彼女は馬車から降りると躊躇なく私に向かって走り出す

 

「サラ!」

大きな目に涙を一杯ためて私の名前を呼び私を抱きしめる

 

「ロザリー…」

 

ロザリーから私に手紙が届いたのはいつのことだったか…

 

革命の真っ只中に身を投じ亡くなった二人のこと

そして、もうこの世にはいないはずの彼女から手紙が届いたことも…

 

彼女がロザリーに送った手紙には細工がしてあり

検閲で回収されないように差出人が彼女だと特定できないように書かれていた

 

差出人が分からないためにロザリーの手元に届くまでにかなりの時間がかかり

結局、ロザリーは二人が亡くなって大分時が経ってからその手紙を受け取り

そして…二人の全てを知ることになった

 

手紙の内容はロワールへの旅の話から始まっていた

 

彼女のお母様との話

宿泊した宿の息子、シモンの話

そして…私のこと、複雑に絡み合っていた彼への想い…

 

「サラ、実は私宛以外にもう一通手紙があるの」

そう言って泣き顔のロザリーは私にその白い便箋を手渡す

 

私は無言でロザリーを見つめる

受け取る私の手が震える

 

「親愛なるサラ…」

美しく整った文字が目に入る

 

****************************

親愛なるサラ

 

何も言わずに私を見送ってくれたあなたに

無礼をはたらく私を許して欲しい


今、私はようやく気付いた彼への想いを貫こうとしている

あなたに対してフェアではないと心のなかで思いながらも
あの時、敢えて何も言わないでいてくれたあなたに
私は心から感謝している

聡明で、健気で、一途なあなたから彼を奪う私を許してほしい
私はこれからあなたの想い全て受け止めて
あなたの分まで彼を愛し抜くと誓う

 

サラ、あなたが愛した人は

男らしくて頼りになり、心優しく、あたたかい人だ

 

あなたの幸せを心から祈る
こうして出会えたことを神に感謝して‥

****************************

 

私は手紙を抱きしめたまま

子供みたいに泣いた

 

彼女に会いたい…会いたい…

 

今だかつてこんなにも誰かを求めたことがあっただろうか…

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

私は手紙の中に出てくる名前だけのあなたに
どうしても会いたかった

サラ

いつまでも終わらない革命の最中

銃弾に倒れたはずのあの方から手紙が届く

検閲に見つからないように使われていた白い便箋と封筒

そして、封筒には差出人不明と書かれていた

 

私はその筆跡であの方からの手紙だとすぐに分かった

長い長い時間をかけて敢えてこの頃に届けられるように細工された手紙は
ロワールへの旅の話から始まっていた

奥様との語らい宿で出会った男の子
温かく迎えてくれるロワールの人々
気難しいヴァイオリンの奏でる音色


そして

あの方よりも少しだけ早く逝ってしまったあなたへの想い
あなたを愛していく過程が丁寧に書き綴られていた

そして、そのきっかけをくれたサラ

気難しいヴァイオリンの持ち主から贈られた
賛美歌と白ワイン

私は、手紙を読み終えると
あの方が逝ってしまってから封印していた感情を
抑えることができなかった

幸せだったのですね
本当に幸せだったのですね

これでようやく私は

心からお二人を見送ることができる

ひとしきり泣いた私はペンをとる

あの方が逝ってしまったこと
そして、サラが心に留めるあなたも逝ってしまったこと
お二人がアラスに眠っていること

サラ、私はあなたに直接伝えなければいけない

あの方から届けられた封筒の中には
あなたへの手紙も入っていたから

私は、7/12にアラスへ来ないかと結ぶ

お二人が亡くなった日ではなく

お二人が結ばれた日

その日をみんなでお祝いしたかった


馬車を走らせる私の耳に届く

アラスの丘で響き渡るサラのヴァイオリン
彼が最期に口にした永遠の歌

私は慌てて馬車から降りる
無我夢中であなたに駆け寄り抱きしめる

サラ

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

隣に座ってお酒を飲むこの男

 

刈りたての青い芝と日に焼けた土の匂い

その無精ひげは好きじゃないけれど

身なりを整えたらそれなりに端正な顔立ちだと思う

そして、無駄な肉のない引き締まった身体

 

雰囲気だけはどことなく二度と会えないあなたを思い出させる

口の利き方は全くなってないけど…

 

「おい、おまえも飲め」

 

「おまえとか言わないでくれる?私にはサラっていう名前があるの」

ムッとしてアランにいう私を見て

ロザリーが笑う

 

「サラ、アランは女性に免疫がないのよ」

 

アランは少し困った顔をする

「悪かったな…俺は…」

 

ずっと男社会の中で生きてきた

革命に、戦いに明け暮れて生きてきた男

 

口は悪いけれどとても良い人

ぶっきらぼうだけど優しくて

不器用で純粋な人

 

「隊長さんはよ…」

彼女のことは隊長さんって呼ぶのね

彼のことは「あいつ」

 

昔の話をするアランの心の中で

あの二人はまだ生きているみたいだ

 

二人や仲間を亡くしてからも

暫く革命の渦中に身を投じていたアラン

 

結局は革命という名の下にある主権争いに嫌気が差して

自分の母親と妹が眠る村に戻って生活をしていること

 

アランのこれまでの話を聞きながら

彼は今も彼女の遣り残した信念や思想を心の隅に抱えて生きている…

そして、彼はきっと今の生活を捨て、また戦火の中に飛び込んでいくのだろうと

私は思った

 

ねえ、二人が楽しそうにしている時の話を聞かせてくれない?

私の知らない二人

 

「楽しそう?」

アランは暫く考えて言う

「あいつらは二人でいるときは別に何もなくても楽しそうだった

「ただ、並んで歩いてるだけでもな」

 

ロザリーも隣で頷く

「あの方のヴァイオリンの奏でに身を任せる彼の姿はとても幸せそうだった」

「そして、そんな彼を見て満足そうにするあの方も幸せそうだった…」

 

「何も特別な話をしなくても、その日の出来事を話すだけでも」

「そんな時間を過ごすことがお二人にとっては大切なことで幸せなことだったと思う」

 

「それが愛だということに気付かないくらいお二人にとっては自然なことだったのね」

 

そう言うと、ロザリーは彼女から届いたロワールの旅の話を

掻い摘んで私たちに聞かせてくれた

 

「菓子で釣って木から降ろして先にケツを叩かれるなんざあいつらしい」

「内緒でついていったのに気付かれてたのも彼らしいわ」

 

あの旅で幸せを掴んだんだな…二人とも…」

 

「あぁ、そうだ…あの休暇の後から隊長の顔が…なんていうか…あぁ、めんどくせぇ。俺にはそういう話は難しいな」

アランが頭を掻く

 

きっと、幸せを掴んだ彼女はこのうえなく優しく女神のような微笑でアランを迎え入れたのだろう

うまく言葉にできないアランを見て私もロザリーも笑う

 

酒場の扉が開く

入ってきたその男はロザリーの顔を見つけると

周りなど気にしないかのように足早に近づく

 

「ベルナール」

ロザリーが言う

「主人よ」

 

…ベルナール… 聞き覚えのある名前

 

ゆっくりと振り返り、私は主を見る

 

私たちは互いの顔を見て互いに悟る

 

世間はなんて狭いのだろうまさか、黒い騎士にここで出会うなんて

でも、今ここで顔見知りだと知られてしまえば後々面倒なことになるのは目に見えている

お互いの秘密を墓場まで持っていくかのように

私たちは目配せだけで全てを済ませる

 

まさかあの時、人質にしたロザリーと夫婦になっているとは…

それもこれもあの二人が仕組んだことなのかしら

運命って本当に不思議なものね…

 

ベルナールは澄ました顔で私に会釈するとアランの肩に手を乗せる

「アラン、久しぶりだな」

 

「ベルナール、相変わらず忙しそうだな」

 

アランの穏やかな微笑み

こんな笑い方もできるのね

 

「田舎暮らしにも飽きてきただろう」

「そろそろ現場復帰したらどうだ?」

 

「ははは、冗談だろ?」

「俺はあの主権争いに嫌気が差して逃げ出してきたんだぜ」

「こんな俺について来る奴なんかいねぇよ」

 

「馬鹿だな、そんなお前だからこそついて行くって奴が大勢いるってのに…」

「アラン、みんながお前が戻ってくるのを待ってるんだぞ」

 

「なあ、アラン…もう二度と会えない人を想っていても…」

 

「ベルナール、分かってるよ」

「…自分が一番分かってる…」

 

アランとベルナールの会話を聞きながら思う

 

二度と会えない人…それはきっと彼女の事

アランは彼女への想いを一生背負って生きていく…それは、永遠の片思い

 

私と一緒ね

 

「戻る気になったらいつでも俺のところへ来いよ」

「戻ってきたらすぐに現場復帰できるようにしておくから」

 

アランは笑って言う

「あぁ、そうだな…戻る気になったら…な」

 

ベルナールは曖昧に返事をするアランを見て肩をすくめる

「さあロザリー、宿に戻ろう」

 

「ええ、ベルナール」

「サラ、いつまでここに?」

 

ケ・セラ・セラよ

 

「アランは?」

 

「俺か?俺はいつものごとく風まかせだ」

 

「そう…じゃあまたいつか会えるわね」

「サラ、また手紙を書くわ」

 

「ええ、お元気で…会えて良かった…本当に」

ロザリーの柔らかい頬にさよならのキスをする

彼女の春風…本当に春風みたいに軽やかに去っていく

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ロザリーとベルナール見送った後

私たちの間に微妙に気まずい空気が流れる

 

ぶっきらぼう男と

得体の知れない女

 

酒を呑むアランが私を見る

「おまえ、隊長と何処で知り合ったんだ?」

彼が聞く

 

「彼女がロワールの旅の途中でうちのワイナリーに来たのよ」

「ワイナリー?」

 

「そうよ、私、ワインを作ってるの」

「おまえが?」

 

「おまえじゃないわ、サラよ」

 

「あぁ、悪かったサラ…」

 

私は思わず笑う

 

「それであそこにワインを…」

私と二人の複雑に絡み合った関係をひとつひとつ紐解いていくアランの表情が可笑しかった

 

「彼女がワイナリーに来たときにプレゼントしたの」

彼と大切な時間を送る日に飲んでもらおうと思って

「…ついでに歌もね…」

 

彼女と私の関係をなんとなく理解できたアランが次の質問を投げかける

 

「で、ところでおまえ隊長はともかく、なんであいつを知ってるんだ?」

 

そうよね、その質問はあるべきだわ…

「…アラン、実は私、ベルナールのことも知ってるの」

 

もう昔のこと…隠すつもりもないけれど

「みんな口が堅いから…」

そう言って私は苦笑いをする

 

「な…(何だって)?」

私の一言が衝撃的だったのか

アランは右手にグラスを持って口を開けたまま私を見つめる

 

今日、初めて会った男なのに

何故か全てを話したくなった

 

不思議な包容力を持つこの男に…

 

アラン、あなたにだけ私の全てを話してもいいかしら?

アラン、私を受け止めてもらってもいいかしら?

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

サラ…お前は一体何者なんだ?

 

サラの告白俺は複雑な気持ちで聞いていた

 

パレロワイヤルにいたサラ

そして、そこに通っていたあいつ

サラと一晩を過ごした事実

 

そこに愛がなかったとしても

果たして、あの隊長がその事の事実を受け入れられるのだろうか

俺はそう思った

 

でも、事実、それを悟ったであろう隊長は

全てを受け入れた

 

そして、サラに会ったことで

なおさらあいつこのこと愛したのだ

 

サラの存在が

あいつへの愛を気付かせたのだと

俺は思った

 

俺はサラに聞く

「どうしてあいつに自分の気持ちを伝えなかったんだ?」

 

「だってアラン…彼はお客様なのよ」

「私はいつも通り仕事をしただけ…それだけよ」

 

サラはグラスに残っていた酒を飲み干す

 

「…うそよ…

 

私、次に彼が来たらこの気持ちをぶつけようと思っていたの…でも…」

「見たの…彼と彼女が一緒にいるところを…」

 

「あなたは毎日見ていたんでしょ?二人が一緒にいるところ」

「私よりも辛かったんじゃないの?」

「あなたは想いを伝えられたの?」

 

まくし立てるサラの言葉に俺は焦る

「な…何言ってんだおまえ」

「俺は…俺は想いなんて…」

 

さすが、パレロワイヤルにいた女だけのことはある

俺のこともお見通しか…

 

俺は焦りながらもサラの洞察力に感心した

 

「分かりやすい男ね」

サラの口調は怒りに満ちていた

 

俺に怒っているわけではなく

あの頃の自分に腹を立てている…そんな感じだった

 

暫く黙って空のグラスを揺らすサラが唐突に口を開く

「アラン、馬に乗せて」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

暗闇の中

私は馬の上でアランに抱かれながら風を感じていた

 

ロワールとは違う風の匂い

爽やかで青い草の香り

 

何故かアランは二人が眠る場所とは反対の方向に走り始める

 

「アラン、止めて」

走り始めてからすぐに私は馬を止める

 

「どぅ…」

 

「…どうした?」

アランが耳元で言う

 

「丘に行って」

「二人が眠る丘に」

 

アランは何かを考えている様子だったけれど

結局は私の我侭に付き合ってくれた

 

馬を引き返す

 

小高い丘の上、夏の海風を感じられるこの場所

もう二度と会えない大好きな二人はここに眠る

 

私は言う

「アラン、私は確かに彼の事が好きだったけれど」

「同じ位に彼女のことも好きだったのよ」

 

あなたには分かるわよね…私の心…

 

「弾いてもいい?」

アンドレ・カンプラのレクレイム

 

アランは無言で頷く

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

サラ、おまえは結局これから先も

諦めたはずのあいつのことを想いながら

生きていくのか

 

何も得られなかった恋に

自分で終止符をうち

あいつへの想いだけを守り通す

 

…そんなことができるのか…

 

俺はこの胸の中であの人を失ってから

暗闇の中を彷徨って今日まで生きてきた

 

あの人の思想や信念を引き継ぎ貫く決心も持てないまま

今日まで生きてきた

 

「サラ、おまえは強いな」

 

風に吹かれ黒い髪をなびかせるサラが振り向く

「強くなんてない」

 

「彼への想いを完全に断ち切ったら…」

「私だってこれから先、何を頼りに生きていけばいいのか分からない」

 

「あなたと同じ、死ぬまでこの想いを引きずって生きていくしかないの」

「永遠の片思いよ」

 

「…ねぇ、アラン、どうしてここにこなかったの?」

「どうして逆の方向に馬を走らせたの?」

 

「…どうしてって…どうしてだろうな…」

俺は曖昧な返事をする

 

「ここに来たら嫌でも二人がもうこの世にはいないっていう事実を突きつけられる」

「それから逃げて生きてのに、ここに来るとそれができない…違う?」

サラは俺を見る

 

確かに…4年前、二人をここに眠らせてから俺は逃げてきた

 

「私は、私の全てを彼に捧げようと思ったとき考えたの」

「彼の夢を私がかわりに果たすことが彼への私にできる唯一の愛だってこと」

 

「アラン、もう二人がこの世に存在しない今でも」

「二人の思想や信念にこの命をかけることはできるわよ」

 

「今からでも遅くはないと私は思う」

強く光るサラの瞳を俺はただ黙って見つめていた

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ゆっくりと宿へ戻る道

 

アランは私の背中に向かって静かに話し始める

「おまえの黒髪を見ると思い出すよ…ディアンヌのこと…」

 

「ディアンヌ?」

 

「…妹だ…たった一人の…」

「おまえと同じ黒髪と黒い瞳で…俺のディアンヌは物静かで、誰にでも優しくて」

「隊長の金髪に憧れてた…死ぬ直前までな」

 

「貴族の野郎に結婚式当日に裏切られて首くくって死んじまいやがった」

「俺に何の相談もなく逝っちまった…」

 

ある日、偶然その貴族野郎に会ったアランは

その妹を裏切った野郎を撃ち殺そうとした

 

そのとき聞こえた彼の声…

 

「武官はどんなときでも感情で行動するものじゃない」

 

そう言ってアランは泣いていた

私の背中越しに…多分…泣いていた…

 

言葉にするにはあまりにも悲しくて切ない思いを抱える事があるけれど

こうして言葉にして涙を流すことで心が整理されていくこともあるの

 

二人をいつも近くで見つめていたアランだからこその悲しみと切なさを

愛おしい妹の突然の死を受け入れられなかったアランの悲しみと切なさを

私は感じていた

 

他人を信じない目つき、荒い言葉遣い

物騒な身なり

全てはこの優しい心を隠すため

 

自分を守るためのことなのね

 

でもねアラン、彼女も彼もお見通しだったはずよ

だからこそあなたに全幅の信頼を寄せていたはず

はそんなアランが羨ましかった

 

今更、私に彼女のような生き方はできない

でも、あなたにはできる

 

できるのよ、アラン

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ロザリーがリザーブしてくれた宿に戻る

 

「アラン、私のワイン一緒に飲まない?」

すっかり冷めてしまった酔いをもう一度味わいたくてアランを誘った

 

「あぁ、それじゃあ俺の部屋で待ってるよ」

 

私はワインを持ってアランの部屋を訪ねる

アランは窓際のソファに腰掛けて待っていた

 

「二人が特別な日に飲んだワインよ」

 

グラスにワインを注ぐ

まるで彼女の髪の色みたいに黄金に輝くワイン

 

「隊長の髪みたいだな…」

 

そういうアランと目が合い笑う

「私も同じこと考えてた」

 

「アラン、まずは香りを感じて…」

アカシアとクリーングラスの香り

 

「…」

難しい顔をしながら香りを確認する…が、何も言わないアラン

 

「アラン、あなたにはそういうのは不向きね」

私は笑う

 

「悪かったな、俺はうまい酒ならなんでもいいんだよ」

そう言ってワインを一口飲む

 

「うん、これは…うまい…うまいな、サラ」

「おまえ、すごいな」

 

「私なんて、おじいちゃんに比べたらまだまだヒヨッコよ」

「去年からやっと一人で全部任せてもらえるようになったばっかりよ」

 

「これからが勝負なの」

 

アランは熱く語る私をみて右の口角を上げながら笑う

 

不思議な空気が流れる

久しぶりに楽しくワインを飲みながら

私はアランに友人とは少し違う気持ちを持ち始めていた

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「同志」と言ってもいいのだろうか

今日初めて会った女に持つ不思議な感情

 

自分でも気付いていなかった…いや、気付きたくなかった心の闇も

絡み合っていた気持ちも全部掘り返して、解きほぐす

 

心の片隅にあった複雑な問題をいとも簡単に解決したサラ

 

もう二人がこの世に存在しない今でも

二人の思想や信念にこの命をかけることはできる

 

今からでも遅くはないと私は思うと言ったサラ

…サラの言う通り、俺は逃げていただけなのだ

 

サラはサラなりの信念を持ってこれから先も生きていく

俺も俺なりの信念を持ってもう一度生きていこう

 

サラ…頼みがある

 

おまえ俺の逃げていた人生をほじくり返した責任を取ってもらいたい

「俺はパリに戻ろうと思う」

「そして、俺はもう二度と女を抱くことはないだろう

 

この俺の最後の女になってくれるか?」

俺に抱かれてはくれないか

 

俺はサラを見つめる

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

人肌が恋しいのはこの懐かしいワインの香り

そして、隣に座るこの男の刈りたての青い芝と日に焼けた土の匂い

 

私を見つめる彼の瞳

 

これが最後」

 

そう言っている

私にとってもあなたにとっても…

 

私から唇を寄せる

 

彼の唇に唇を重ねては確認するように彼を見つめる

 

無精ひげが頬にあたる

軽い痛みが程よい刺激になる

 

「…サラ…本当にいいのか?」

アランは私の真意を確認する

 

私は無言で頷く

 

アランはソファに座る私を抱き上げるとベッドに横たえる

シャツを脱いで横たわるアランの手が私の腰を掴んで引き寄せる

 

服を着たままの私はアランに馬乗りになる

 

長いスカートの裾がシーツのようにアランを覆う

 

私たちは唇を重ねる

アランの激しく熱い唇が

私の唇から首筋へと這う

 

アランの手が背中のリボンを解く

普段から面倒なコルセットなどつけない私の胸が露になる

 

アランの手が胸に伸びる

胸から離れない手は突起を弄ぶ

 

「あぁ」

快感が蘇る

 

突起を弄んでいた手は服を脱がしながら

私の腰を伝う

 

その手が熱く湿った秘部を捕らえる

私の身体を電気が走る

 

アランの指を私の中に迎え入れる

自分の意思とは関係なく動く

 

私の中で動くアランの指が激しい波を連れてくる

 

頭の中が空っぽになる

 

痙攣する私の身体をアランはベッドに横たえる

 

アランの指は余韻を味わっている私の中に残ったまま動きを止めない

また新しい快感が訪れる

 

「…もうだめ…」

 

アランはその指を抜くと

彼の熱くて大きくなったものを私の中に静かにめり込ませる

 

「あぁ…」

腰を沈める

 

アランのそれは熱くて

それは優しく私を突き上げる

 

私はアランを抱きしめながら

アランの匂いを感じる

 

「サラ…」

 

「…アラン」

 

厚く柔らかい唇

絡み合う舌

我慢できず吐息が漏れる

 

アランの指が

突かれている秘部の突起を弾く

私の身体も弾かれたように仰け反る

 

動きが激しさを増す

 

遠く薄れていく意識の中で叫ぶ

このまま…このまま私の中で…

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

丘一面に咲くシロツメクサの中でうずくまる黒い髪

 

その小さな手は他には何も目に入らないかのように無我夢中で花を摘む

 

「ナディア」

 

私の声に気付き振り返る黒い瞳

 

希望と言う名前のその少女は

ようやく3回目の誕生日を迎えたばかりだった

 

「ママ!」

 

短い腕にたくさんの花冠をぶら下げて

丘を転がるように駆け下りる

 

「たくさん作ったの!」

きらきらと輝く黒い瞳と風にそよぐ黒い髪

 

「これはママの!これはおじいちゃん!これはおばあちゃん!」

 

「で、これは金色の髪のお姫様の分、これがお姫様の騎士の分」

「まだあるの、これは国を守る騎士の分!」

 

ナディアが寝付くまでの昔話

彼女の理想の女性は金色の髪のお姫様

 

アラン、あなたの娘は大きく成長したわよ

 

あなたが本格的に軍に復帰したという便りがロザリーから届いたのは去年の秋

 

私はあの日の夜のことも

ナディアが産まれたことも黙っている

 

言う必要もないだろう

戦場で戦うアランのお荷物にはなりたくないし

なるつもりもない

 

第一、アランは私の夫ではないのだ

 

ナディアを身ごもったと知ったとき

私は二人からの贈り物だと思った

 

私がこれから先、生きていくための支えを

あなたへの永遠の片思いを終わらせるための支えを

あの夜、あなた達が私に与えてくれたとしか思えない

 

私はナディアの髪を撫でながら言う

「たくさん作ったのね、みんな喜ぶわ」

 

褒められて満足げなナディアが言う

「この国を守ってくれている騎士は何処にいるの?」

 

「騎士はどこにでもいるのよ」

「あなたが本当に必要としたときに現れるのよ」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

畑仕事も終わり、あわただしい夕食の準備の中

ナディアに裏庭から薪を持ってくるようにお願いする

 

パンを焼くくらいあればいい

どうせ1本か2本持ってこられればいいほうだ

 

裏口のドアが開く

 

「ママ」

ナディアの左手をしっかりと掴む大きな手

 

「おぅ、久しぶり」

大男がこちらを覗き見る

 

「…アラン!」

「…どうしてここが…」

突然の来訪に言葉が出ない

 

おまえ、バカか

「今や俺が調べろと言えば何千、何万の人間が動くんだぞ」

 

「…そうだった、軍に復帰したのね

「ロザリーから聞いてるわ」

 

でも、それと私たちを探すのは話が違う

 

アラン、仕事に私情をはさんだってわけ?」

「職権乱用で訴えるわよ」

 

「ばか」

私の気持ちを察したアランが笑う

 

私たちのやり取りを聞いてキョトンとしているナディアにアランを紹介する

「ナディア、この人が国を守ってくれている騎士よ」

 

「えぇっ!騎士なのっ?」

ナディアの黒い瞳がさらに大きくなる

 

「この子は…」

アランが愛おしそうにナディアを見つめる

 

「…ディアンヌにそっくりだ

 

心臓は私にそっくりよ

好奇心旺盛、誰の言うことも自分が納得しないと聞かないし動かない

 

性格はおまえにそっくりだな

俺に似てるところはないのか?

 

その質問に思わず私は笑う

「女の子よ、アランあなたに似たら困る

 

私たちのやり取りを不思議そうに見つめるナディア

 

何となく感じているのだろう

アランのそばから離れない

 

唯一、言うことを聞いたのは食事のときだけ

 

「お、食欲旺盛だな」

 

「ここだけはあなたに似たわね」

 

ナディアは食事が済むとアランの膝の上にのったまま

歌を歌ったり金色の髪のお姫様の話をしたり

かなりの興奮状態だ

 

「ちょっと待ってて」

思い立ったようにアランの膝から降りると自分の寝室へ行くナディア

戻ってきたその手には昼間作ったシロツメクサの花冠

 

それをアランの頭に載せる

「王様みたい」

 

アランは穏やかな微笑でナディアの頭を撫でる

 

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膝の上で寝てしまったナディアの頭を撫でながら言う

「おい、今もヴァイオリンは弾くのか?」

 

「毎週、教会へ行って弾いてるわよ」

 

私はアランにワインを勧める

 

「相変わらず美味いな、このワインは…」

 

「ありがとう」

 

「…このまま、ベルナールとナポレオン軍に合流する予定だ」

 

「…そう」

 

「サラ…ありがとう…」

俺は、俺としてこれから生きていく」

「ナディアのこと…頼んだぞ」

 

「…アラン」

「お礼を言うのは私のほうだわ」

「ナディアをプレゼントしてくれた」

「何も心配しないであなたはあなたの道を突き進んでちょうだい」

 

「あの二人のために…」

 

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眠るナディアの頬にキスをして

あなたは去っていった

 

さようなら、アラン

 

戦火に身を投じることを選んだアラン

そして、私はこの小さな命を守って生きていく

 

あなたたちの成しえなかった信念は

それを引き継いだ者が叶えていく

 

これから先、何百年も何千年も

長い年月を経て

 

いつしか本当の自由、平等、博愛の精神が

当たり前の世の中になっていくだろう

 

私たちはこの長い歴史に名を残すことはないけれど

私たちの信念は必ず生き続けることを

 

私は確信している

 

懸命に生きること

それは、それぞれができることを懸命に行うこと

 

…夜が明ける…

 

あの日の微笑みに満ちたあなた達を思い出す

そして、もう泣かない私がここにいる