1-11. 賊~Sarah~

パリ、その中でもベルサイユの中心にある広大な敷地に建つパレロワイヤル

 

ここのであるオルレアン公とその執事

貴族から平民まで若者の集まりの場でもある西のサロンを統括する執事

そして、東の客間…娼婦を統括する執事

このごくわずかな人間だけがこの建物の全容を知る

 

このパレロワイヤルには南向きの表門を中心に

西門、東門、裏門と4つの門がある

 

私がいつもいる場所は夜が早く訪れる東側

 

西側には平民に開放しているサロンがあり

身分を問わず弁護士、評論家、新聞記者など

世の中の動きに敏感な若い男たちが日々議論を交わしている

 

裏門は、表から帰るのには都合の悪い貴族や金持ちが都合よく使える門だ

ここは、正直素性がよく分からない男たちが門番をして

 

自分がなぜここにいるのか良く分からないまま

ただそこで与えられた酒を飲み

そこから出て行く貴族や金持ちからチップを受け取る

そのためだけにそこに突っ立っている

 

パレロワイヤルで無銭飲食して逃げるならこの門に限る

 

あれから彼はパレロワイヤルに現れない

私は、空っぽになった心のまま

いつもと変わらない日々を淡々と過ごしていた

 

その夜、寝室をいつもの女とリザーブしていた上客が

気分を損ねて帰ると言い出す

 

面倒くさい…朝までここで寝ていけばいいのに

 

真夜中に馬車の手配をする

東門に着いた馬車に客を案内すると裏門から出たいと言う

 

全く、こんな時間に誰に会うというの?

全く、この小心者は何に怯えているの?

 

私はイライラしながらも御者に裏門から出るようにお願いする

 

それでも、お見送りしないと…

私は馬車と一緒に裏門へ向かう

 

「ご苦労様。上客なの。何も言わずにお通ししてね」

裏門の門番に挨拶をする

 

会釈だけで何も言わない門番にチップを渡す

 

また見たことのない門番

こんな素性の知れない男を雇うなんて

オルレアン公も心が広いこと…

 

ふと…背後に気配を感じ振り返る

暗闇の向こうで白いドレスが翻る…ような気がした…

 

最近、サロンに頻繁に出入りしているベルナールが

足早に通り過ぎる

 

あの人、新聞記者だったわよね…

こんな時間に何かしら?

忙しないようだけど特ダネでも掴んだのかしら?

 

…ま、どうでもいいわ…

そう、もう何がどうなろうとどうでもいいの

 

翌日、近衛連隊長と一緒に

今、噂の”黒い騎士“を追っていたあなたが

怪我をしたと執事から聞いた

 

怪我の程度は分からないけれど、左目を怪我し

更に将軍家にいる女の子が連れ去られたという噂を耳にする

 

会いたい…無事を確かめたい…

でも今の私にはそんな願いさえも叶わない

 

せめてもう少し詳しく知っている人はいないのかしら

 

…ひょっとしたら…

 

昨夜、忙しくしていたベルナールを思い出す

 

新聞記者なら情報も集まる

ベルナールなら何か知っているかもしれない

足早に西門へ向かう

 

「ベルナール?今日はまだ見てないな」

サロンに出入りしている弁護士が言う

 

「そう…ベルナールが来たら東門のサラのところへ来るように伝えてくれる?」

そう言って私はいつもの場所に戻った

 

昨日の今日で忙しいのか

その日の夜、ベルナールは私のところへは来なかった

 

怪我をした彼と、彼が私に送った手紙…

何かシンクロしているような気がする

 

できるだけ早くパレロワイヤルを出て

おまえの帰りを待っている家族の元へ行け

 

彼からもらった手紙を思い出す

 

ここで何かが起きているの?

昨夜見た白いドレス…何か関係があるのだろうか…

 

ベルナールが捉まらないとなると

情報を集めるためには自分で何とかしないといけない

 

暇を見て西門へ向かう

2度ほど見かけたことがある門番に声をかける

 

「こんばんは」

私を見るなり顔を赤くする門番 

 

「今日はお客が少なくて…暇つぶしにうろうろしてるんだけど」

「西門はあまり来ないから…ちょっと案内してくれないかしら?」

 

門番はときどき私を見ては

へらへらしながら西門の内部を説明する

 

重苦しい扉が目に入る

「…あそこは?」

 

「あ~、あそこには昨日連れてきた女が入ってるよ」

門番が軽く口を割る

 

私が見た白いドレスの裾…やはりあれは見間違いではなかったのだ

 

 

まさか…どうしよう

 

 

昨日連れてきた女…

どうしよう…助けなければ…

 

女が閉じ込められているという扉を指差して言う

「入れてくれない?」

 

だめだよ。ベルナールに怒られるよ」

 

なんてこと…ベルナール…

あなたの…?

 

あの扉の中にいる白いドレスの女は…将軍家から連れ去られてきた女の子なの?

そして…彼を傷つけたというのはあなたなの?

 

人の噂で聞く黒い騎士…

マスクをしたら確かに見間違うかも知れない

黒い髪に黒い瞳

 

ベルナール…私は…黒い騎士を見つけた

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ベルナール、私はあなたを許さない

 

彼の目を傷つけ、何の罪もない女をさらって来た

黒い騎士

 

その日の夕方、戻らないベルナールを待つ私の前を馬車が通り過ぎる

近衛連隊長が西のサロンに入っていく

 

彼女はここに何かがあることを知っている

この危険なサロンに女一人で来るなんて

 

…彼の為に?

 

慌てて東側に戻り、執事に言う

「月のものがきてしまったみたいで…」

「痛みが増します前に帰らせて頂いても宜しいでしょうか…」

 

「お大事に」

そう言う執事の目を見る

 

私の嘘を全て見通している目

でも、私を咎めたりはしない

 

「早くお帰りなさい」

微笑みながらそうやっていつも、私のことを後押ししてくれる

 

執事はどうしてこんなにも私に甘いのだろう

全てを理解してくれる…まるで父親のように…

 

「メルシー」

そう言って私は本当のとうさんに行ってきますの挨拶をするように

執事の頬にキスをする

 

私の直感がいう

きっと最初で最後の挨拶…

 

そして私は西側に向かう

 

ちょうどベルナールが

大きな荷物を抱えて馬から降りるところだった

 

私は慌てて茂みに隠れる

「一体何の荷物なのかしら…?」

新聞記者が持つのはノートとえんぴつでしょ?

 

あなたが黒い騎士なら

あの荷物の中身は宝石に違いない

 

貴族の家に盗みに入るなんて

以前の私なら大興奮で「黒い騎士良くやった」なんて思っただろう

 

今も貴族や金持ちが嫌いな気持ちは変わらないけれど

黒い騎士が彼を傷つけたあなたとなっては話しは別

 

ベルナールが荷物を持って西側の倉庫へ消えていくと

時を同じくして近衛連隊長がサロンから出る

 

彼女は辺りを見渡し、何もなかったように

歩いて馬車を待たせている西門へと向かう

あの重い扉の前でふと立ち止まった彼女は何かを見つけた様子で

躊躇しながら中に入っていく…

 

「…ダメよ!そこには入らないで!」

声をかけたいが叶わない

 

彼女を吸い込みながら重い扉が閉まる

きっと何か罠があったのだわ…このままじゃ彼女も捕まってしまう

 

ベルナールがここに戻ってくる前になんとかしなきゃ

 

私はベルナールが荷物を置きに行った倉庫へ走る

…もう一人の黒い騎士が近づいて来ていたことも知らずに…

 

倉庫の鍵を閉めているベルナールに声をかける

暗闇で私の声に驚いたベルナールが身構える

 

「ベルナール、オルレアン公がサロンでお待ちよ」

 

「…おまえ…西門のサラか?」

「オルレアン公が?何の用だろう」

私の顔色を伺いながら怪訝な表情で答える

 

私が何か知っているのか探っているような顔

 

…用心深い男ね…

 

「さぁ、私は呼んでくるように言われただけだから」

「あ…近衛連隊長が何とかって…」

とぼけて言ってみる

 

ベルナールの目の色が変わり慌ててサロンへ向かう

 

よし、これで暫くは戻ってこないだろう

私は茂みに潜みながら、連隊長と白いドレスの女を助け出す方法を考える

 

扉の前に2

門の前に1

あの扉の中にも何人かいるかも知れない

 

…ダメよ…私一人じゃどうにもならない

 

どれくらい時間が経っただろう

不意に扉が開く

 

黒い騎士が現れる

 

ベルナール!

あぁ、サロンの地下通路を使ってそこへいったのね

私としたことが迂闊だった…

あなたが黒い騎士なら、このパレロワイヤルの全てを把握しているだろうことを

予測できなかった

 

黒い騎士の後ろには

馬に乗る近衛連隊長と白いドレスの女

二人に怪我はない様子だった

 

黒い騎士が門番に一言二言話しをして門を開けさせる

門が開くのと同時に二頭の馬は猛烈な勢いで暗闇に消えていく

 

どこへ向かっていったのかしら

 

ぶつくさ言いながら門を閉める

門番を眺めながら考えていた

 

不思議…

 

彼女がイニシアチブを握っているような雰囲気だったけれど

人質がイニシアチブを握る?そんなことってあるのかしら

 

また、重い扉が開く

…もう一人の黒い騎士が現れる

 

黒い騎士が二人…?

 

狐につままれたように口を開けてもう一人の黒い騎士を見つめる門番

…そして、私も…

 

今、出て行ったはずなのに…目を凝らしてその姿を見る

 

…いえ…あの後姿は…間違いない

私が見間違えるはずがない

 

あれは…彼だ

 

門番を怒鳴りつける彼の声が聞こえる

馬に乗り連隊長が走り去っていった方向に走っていく

 

懐かしさと愛おしさと切なさが入り混じって涙が溢れる

 

さよなら…さよなら…

 

あの人を命がけで助けに来たのね

怪我をしたという目は大丈夫なの?

あぁ、神様…お願い、無事に逃げて…

 

彼を見届けて、それから私は誰にも告げず

ヴァイオリンだけを持ってパレロワイヤルを去った