1-9. 恋~Sarah~<R-18>

あれは夕方から初雪が舞い始めたとても寒い日

 

暗闇の中からふらふらと歩み出てきた彼は 

「かなり」のほろ酔いで機嫌も悪そうだった

 

雪に濡れた髪を見て私がタオルを渡すと

無言で受け取る

 

彼を見た執事が私に耳打ちする

「丁寧に扱うように」

 

…どこのVIPだろう

初めてみる顔だけれど

 

彼のご機嫌をこれ以上損ねないように席に案内する

彼は「女はいらない」といってからブランデーを注文した

 

女に興味がないのかしら?…ここに来る客としてはなかなか珍しいタイプだ…

 

私は執事を見て無言で何処の誰かを尋ねる

が、執事は無言で首を振る

 

「ちっ、けち」

心の中で毒づく

 

彼から目が離せない

 

私と同じ黒い髪と黒い瞳

ここにいるどの客よりも整った容姿

引き締まった身体

身のこなしにも品がある

 

…でも、貴族じゃない…そんな気がした

 

真夜中に近づくと

馬車の手配や、連れ込んだ女とその男の寝室を用意するので

私も執事も手一杯になる

 

その仕事が一段落すると

このホールに残された呑みつぶれた酔っ払いを

寝室に運ぶ仕事が残っている

 

男ってやつは本当に自由で羨ましい

たっぷりと宿代を請求されればいいわ…と心の底から思いながら

執事と一緒に一人ずつ丁寧に寝室へ運び入れる

 

そして、最後の泥酔男は…彼だ…

 

執事が言う

「慎重に頼むよ」

 

「その前に何処の誰だか教えていただけませんか?」

訳ありな雰囲気なのに何も言わない執事にイライラしながら聞くが

 

「そのうち分かるよ」

執事はニヤッと笑う

 

言われた通り慎重に運び入れ彼をベッドに乗せる

 

「枕元に水を用意したら、今日の仕事は終了だ」

執事の指示通り、私は酔っ払いの部屋に水を用意する

 

最後に彼の部屋に入り枕元に水を置く

 

小さなロウソクの明かりを頼りに

もう一度、顔を覗き見る

 

「きれいな寝顔ね…何処の誰だか分からないけれど」

柔らかそうな黒髪を無意識に撫でる

 

不意に髪に触れていた腕を掴まれ

強引にベッドに引き入れられる

 

酔っ払い独特の熱い息が耳にかかる

私の首筋に彼の唇が触れる

 

「…あ…」

熱いものがこみ上げてくる

 

どれだけ男に抱かれても

湧き上がってきたことのない疼きを感じる

 

本当に酔っ払っているの…?

そう思えるほど慣れた手つきで私の服やコルセットを脱がす

 

彼に簡単に脱がされる私

嫌じゃない…そもそも嫌なら暴れてるわ…

 

彼は目を閉じたまま

私の胸に顔を埋める

 

柔らかく膨れた突起を噛まれる

 

「あぁ…」

 

首、肩、胸、腰…身体中を彼の手が這うたびに

激しい快感が襲う

 

「あぁ…もう…」

 

我慢できずに

彼の首に手を回す

 

あなたが…欲しい…

 

それを待っていたかのように

彼は何も言わず

私の一番敏感なそこに手を伸ばす

 

じらすだけじらされた私のそこは

もう私の意志ではどうにもならないくらい

熱く滴っていた

 

そこを手で弄びながら

身体にむさぼりつく激しい唇

 

このままでは私が先に果ててしまう…

 

目を閉じたままの彼の顔を見つめる

ふと、彼の目が開く

 

私の黒い瞳と彼の黒い瞳が交差する

 

「…入れるぞ」

 

私は無言で頷くのが精一杯だった

 

私の中に入った彼の熱いものに激しく突かれる

 

意識が遠のいていくのを感じる

快感にも限界があることを初めて知る

 

彼は朦朧とした私の両腕を掴み起す

後ろに向かせた私の手を壁につかせる

膝の間から彼の膝が割り入る

 

彼は私を激しく突きながら

私の熱くなった小さな突起を指で弾く

 

「…いっ…あぁ…」

 

もう何回果てているのか分からなかった

ただ、彼の動きは止まらない

 

もう身体のどこにも力が入らない

彼は快感から逃げようとする私の腰を持ったまま

私を追い詰める

 

「あ…いきそうだ…」

 

「…」

 

と言った彼は一瞬動きを止めてから

私から離れて…果てた…

 

静寂の中に身を委ね荒い息を整える

私は置いてある水をコップに入れて彼に渡す

 

「あぁ、メルシー」

 

彼からの初めてのお礼

酔いも少しは醒めたようだ

 

現実に戻った二人…なんとなく気まずい空気が流れる…

 

「名前は?」

最初に口を開いたのは彼だった

 

「サラ」

 

「サラ…、すまなかった」

 

彼の突然の謝罪に内心驚きながら平気な顔をして言う

「いいのよ。別にこんなこと良くあることだわ…気にしないで」

 

交わることでこんなにも幸せな気分になれることを教えてくれた彼に

罪悪感を感じて欲しくはなかった

 

「サラ…、出身は?」

 

「ロワールよ」

 

私は余計なことは聞かないことにした

…あなたが何処の誰なのか、とても興味があったのだけれど…

 

でも、1つだけ気になったことがあった

彼が果てる瞬間につぶやいた言葉

 

「”神と剣“って…何かのおまじないなの?」

 

彼には無意識の言葉だったのだろう

とても驚いた顔をして私を見る

 

「…そんなこと言ったか?」

 

とぼけても無駄よ、「しまった」って顔に書いてある

 

「私、音楽やってたからヘブライ語も少しは分かるの」

「賛美歌で習うのよ」

 

「…」

 

彼は私の問いかけには何も答えなかった

 

”神と剣“

 

…あんな時に発する言葉としては不自然だし

何か変な宗教にでもはまってるのかしら?

 

それとも…名前だとしたら男なんだけど…まさか…ホ…

 

「そんな顔で見るな。俺は男には興味はない」

 

興味津々の私の顔を見ながら

私の心の中を読んだかのように

半ば呆れ顔で吐き捨てるように言う

 

「…もう寝よう…明日は早い。おまえも行く当てがないならここで寝ていけ」

 

睡魔が襲う

うつらうつらとした気持ちのよい余韻を感じながら

彼の横で何の警戒心もなく眠りに落ちる

 

朝、目が覚めると彼はいなかった

宿の請求書にサインがしてある

そして私への心遣いもそこに置かれていた

 

サインを見て思う

「あぁ、やっぱり貴族じゃないのね…」

私は彼が貴族ではなかったことに妙な安堵感を覚えた

 

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「やぁサラ、一杯だけもらえるかな?」

 

それから数日後、また彼はここにやってきた

他の客はだいぶ酔っ払ってご機嫌な時間帯

 

彼の顔を見たとたん私の胸が高鳴る

数日前の激しい夜の出来事を思い出し

無意識にほころぶ私の顔を見て彼が言う

 

「いいことでもあったようだね」

 

そうよ…あなたが来てくれたから…なんてことは言わない

「えぇ、ちょっと。さあ、席までご案内いたしますわ」

 

広いホールの中の一番狭くて暗い席を案内する

誰からも見られずゆっくりできる席

 

「今日のご気分は?」

オーダーを聞く

 

「…ワインをもらおうか…サラのお勧めのワインを」

彼はそう言い、私の顔を見る

そのふと見せた憂いを帯びた表情を私は見逃さなかった

 

戸惑いを覚えながら言う

「ヘイ、ムッシュウ…」

 

セラーに向かいながら私の心の中は彼で一杯だった

 

名前しか知らない、素性も良く分からない

一度寝ただけの人…

まだ知り合って間もない人なのに

こんなにドキドキするなんて

 

心の中でいろんな想いが交差する

 

「お気に召しますでしょうか」

スミレの花を思い出すボルドーの赤ワイン

 

彼は一口飲むと私に言った

「ボルドーか」

 

一口で当てるなんて…博識なのね

彼の勘のよさ、味覚の鋭さに感心する

 

「ロワールのワインを持ってくるかと思っていたのに」

彼が言う

 

「そう?ご期待に添えなくて申し訳ありませんでした」

からかうように言ってみる

 

「言ってたな。おじいさんがワインを造ってるって」

あの夜、そんな話もしたわね

 

おじいちゃんは職人気質の頑固者

決して大きなワイナリーじゃないけれど

一つ一つの仕事を丁寧にこなして作られるワインの味は

どこにも負けないと私は思っている

 

「ここに置けるようなワインじゃないわ…それに…」

 

「それに?」

 

おじいちゃんはここにいるこの手の人間が大嫌いなのだ

自分が丹精込めて作ったワインを

特に貴族には呑んで欲しくない、とよく言っていた

 

「…なんでもないの」

そう言って会話を止めた

 

「…俺も…、俺もこんなところにいなければ」

「海の近い暖かくて小さな村で、馬を育てながら静かに暮らしたいと思うときもあるよ」

「サラのおじいさんみたいにワインを造るっていうのもいいな」

 

へぇ、そんなこと思っていたの

彼の口から出た願いにも似た夢

 

「今の状況に満足していないのかしら?」

 

「いや、満足はしているけれど…」

「…叶うなら…連れ去って行きたいと思うときはある」

「土台、無理な話だけどな」

と言いながら彼は笑った

 

最後の一口を飲み干すと彼は言う

「さあ、もう帰るよ」

 

連れ去って行きたい?

誰を?何を?

 

彼は私に謎だけ残して足早に帰っていった

 

彼を見送った後、私はアパルトマンに戻り

ベッドに腰掛けて一息つく

ホッとできる唯一の時間に思い出すのは彼の顔

 

あの表情…

 

よく言えば何かを悟ったような

悪く言えば何かを諦めたような

そんな表情だった

 

何かあったのかしら…

 

目を閉じて

彼から香りたつアカシアとグリーングラスの香りを思い出す

 

たぶん、きっと

私は彼のことが好き

 

自分の心に問いかけてみる

 

素性も分からない男の何に惚れたの?

…優しさ…かな?

 

自分のことよりも先に他人のことを想える優しさ

 

私にはそれだけで十分

 

今日はもう寝よう。きっといい夢が見られる

久しぶりに会えた彼の笑顔を思い出して…