1-2. 唇

おまえに愛していると言われてからも

あんなに待ち望んでいたはずの言葉を聞いてからも

おまえに本当に愛されているのか時々不安になる

 

こうして俺の腕の中で全てをさらけ出し、甘えているときでさえも

おまえの頭の中は冷静沈着で自分を見失ったりしない

 

生まれてきたときから軍人になるべく男として育てられ

おまえは、重くのしかかった宿命を受け入れ忠実に生きてきた

自分の意思とは関係なく導かれた人生を、なんの疑いもなく歩んできた 

 

愛し合っていることが確認できた今でも

見つめ合うまなざしの奥に愛とは違う感情をぶつけてくる

 

しがらみ…葛藤…矛盾…

 

分かっている…辻褄の合わないこのおかしな世の中

でも、おまえは貴族だ、そして軍人だ

 

いまにも爆発しそうな不安定な世の中の成り行きを見守るだけ

…なんてことはしないだろう

 

俺に何ができると言うのだろうか…

 

有事の時、おまえがどこに向かうのかは俺には分からない

でも俺は、おまえの信念に従おう

おまえの進む道を一緒に進もう

そして、俺は死ぬまでおまえを守る

 

ただ、それだけだ

 

お前を愛するこの気持ちだけで、他にはなにも持たないこんな俺でも

愛していると言ってくれるおまえを

 

俺の命をかけて守っていこう

これから先も永遠に…

 

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いつからだろう

 

振り向けばいつもそこにいて

名前を呼べばすぐそばにきて

 

寂しいときも

悲しいときも

嬉しいときも

切ないときも

 

当たり前のように一緒にい

別々に生きていく人生なんて考えたこともなかった

 

でも

 

少しずつ大人になって

いつのまにか私よりも大きくなっていたおまえ

 

私の胸が否応もなく膨らんでいくたびに

身体だけが女になっていくたびに

おまえとの距離も少しずつ離れていく

 

毎日一緒にいるはずなのに気持ちがすれ違う

 

おまえの領域に踏み込めない私

私の領域に踏み込めないおまえ

 

私のそばにいない時間が少しずつ増えていく

 

おまえに手助けをしてもらわないと

自分は何もできない駄目な人間なんだと

何かある度、その都度再確認していたけれど

 

そばにいないおまえに腹が立つこともあった

私がこんなに苦労しているのにと思うこともあった

でも、そんな気持ちの中に

嫉妬に近い愛のようなものがあるのだと

認識したのはいつからだったか

 

あの若かりしころ、酒場で乱闘騒ぎをおこした時に

おまえは私の唇を奪った

 

あの時、寝たふりをやめて

おまえを怒鳴り散らしても良かったのだ

 

なぜなら私には初めての唇だったから

 

…でも、できなかった

 

私を抱きながら歩く

その腕に、その胸に包まれながら

 

愛している人に振り向いてもらえない寂しい自分と

愛していることを伝えられない悲しいおまえが

オーバーラップした

 

まるでおまえが私みたいに…

 

あの頃の遠い記憶を探るように思い出す

おまえの胸に顔を埋めたまま問いかける

 

「あの夜、一度だけじゃないだろう」

 

「あの夜?」

おまえは私から少し身体を離し

私の埋めた顔を覗き込む

 

「あの、酒場でケンカした…」

 

「あぁ、あの夜」

「で、何が一度…」

と言ってから

 

おまえは自分がしでかしたあの夜の事が

私にすっかりバレていたということに

今更気づいて大慌てだ

 

「気づいていたのか?」

 

「もちろんだ」

笑いを押し殺した私の背中が小刻みに揺れる

 

「今言うなんてずるいぞ」

 

「寝てると思って何度もするほうがずるいだろ」

 

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俺は完全に降参した

笑いを押し殺して震えるおまえの左肩を押さえつけて

仰向けにする

 

「あ…」

サファイヤの瞳が俺を見つめる

 

俺はおまえに圧し掛かり

おまえの両肩を覆いこむように

背中へと腕を押し込む

 

おまえの自由のきかない両手が

俺の胸の辺りで祈りの形になる

 

白桃のような頬

小さく美しい顔を

両手で包み込む

 

指でそっと額をなぞる

目…鼻…口…

 

されるがままに

問いかけるようにじっと見つめる瞳

 

「…どうした?」

 

「…おまえは私だと思った」

 

「?」

 

また結論ありきの発言だな

職業病だぞ…と、おまえには言えないが心の中でつぶやく

 

「なぜそう思った」

 

「…わからない…でも…」

そういうと祈りの指が伸びて

俺の頬を包む

 

おまえの親指が俺の唇に触れる

それをおまえはやさしく弄ぶ

 

「あの乱闘の後、おまえの気持ちが痛いほどわかった」

「ちょうど同じように痛い想いを抱えていたからな…」

 

確信を込めたおまえの目が笑う

 

「だから、おまえは私だと思った」

「なんて言ったらいいのか良くわからないけど…」

「あの時、おまえの唇は私の唇だったのだ…」

そういうとおまえはそっと目を閉じた

 

「また…フィジカルな感想だな…」

 

おまえは目を閉じたまま

ふふっと笑う

 

俺はその微笑みにまたそっと唇を重ねる